平々凡々

ただの女子大生が日々考えたことを書き付けます。

探偵、スイカバー

今週のお題「好きなアイス」


去年の8月、私は毎日毎日スイカバーを食べていた。

一晩で箱アイスをすべて食べてしまえるぐらいアイスが好きな私だが、とりわけスイカバーはボリューム、しゃりしゃり感、嫌味のない甘みと私の好きなアイス黄金比を満たしまくっているため気に入っていたのだ。

ところが、そんなスイカバーライフを楽しんでいたある日、私は店頭から突如スイカバーが消えていることに気づく。コンビニやスーパーを10店舗ほど巡り、アイス仲間にスイカバーの所在を聞いたりしたが、有力な情報は得られなかった。

その当時1日2本のスイカバーを食べ、水分も糖分もこのアイスで補給していた私にとってこの状況は死活問題だった。

もしや売り上げが悪いのかとロッテの株主総会資料まで漁り、スイカバーの売り上げランキングを確認までした。いろいろ調べてスイカバーのロッテアイス内売り上げランキングはトップ3に入ると知り、私は一つの結論に達した。スイカバーは夏限定なのだ。思い返してみれば9月になった途端スイカバーは店から消え去った。唯一9月以降もスイカバー目撃証言があったのは大学生協である。

何か固定ルートがあるのか在庫が残っているのか(アイスに賞味期限という概念はない)何だかわからないが大学生協にだけはスイカバーが並び続けていた。


今年もスイカバーはしばらくしたら店頭から消え、いつの間にか復活しているのだろう。

ああいった爽やか系統のアイスは夏にだけ食べるという人も多いだろうが私はできるなら年中食べていたい。

アイスが好きな人はほっといても年中食べ続けるのだから、スイカバーのような定番アイスはぜひ年中並び続けてほしいというのが今の私の切なる願いだ。

出版社就活終了

就活がようやく終わった。

周りの友人たちから一か月以上遅れて、私はようやくこの苦行から解放された。

 

今年は「売り手市場」だという。

6月1日には企業から内定が出て人生最後の長い夏休みを満喫する。世間ではそのようなイメージが取りざたされていたようだ。

売り手市場だから何とかなる。私も周りの友人たちも半年前まではそう考えていた。

 

とんでもなかった。

同じ業種、規模の企業に出しても通ったり通らなかったりする摩訶不思議エントリーシート

何故か落ちる性格検査。

盛り上がったのにぬるっと落ちる面接。無言の時間が続いたにも関わらずするっと通る面接。

とにかくよくわからないの一言に尽きた。

かといって別に手をこまねいていたわけではなく、思い当たる原因をつぶして改善策を講じたりもしたが、それが本当に正しかったのかは今でもわからない。とにかくこの半年は、よくわからないものによくわからないまま追い詰められ続けたという記憶しかない。

 

就活前にたくさんの先輩たちに話を聞いたら皆一様に声を揃えて言った言葉がある。

最後は運だ、と。

そんなアホな、というか運なら準備する意味あるのか、とすら思ったがまさにその通りだった。

周りの友人たちを見ても、先輩を見ても、内定を得た会社とその人の雰囲気はそこはかとなく合っていて、そしてどこか納得できるものであることが多い。

結局のところ、必死に準備して真摯に選考を受けて合った会社に入るしかないのだろうが、自分ではそれがわからない。良いと思ったところと自分が合っていない可能性だって十分にあるのだ。

 

就職活動を始める前は、大学受験と似た手順を踏むのかなと何となく考えていた。

とにかく自分の足りない部分を埋めて点を上げる、そして優秀な人は名のある企業に行くといった具合だ。

試してみて、だめなら方法を変えて、改善してといったプロセスは確かに同じだった。

しかし、結果を獲得するまでの過程は遠く離れていた。

就活とは、一緒に働く仲間探しだ。

優秀だから全部受かるわけではない。そもそも優秀かどうかなんて仕事をやらせてみないとわからないし、その評価基準だって仕事の内容によって千差万別なのだ。

だから、気にすることはない。あなたが悪いわけではない、ただその会社に合っていなかっただけなんだよ、とこれまた就活アドバイザーの方たちは優しく慰めてくれる。

 

だが、そんな言葉は就活をしている当事者にとって何の役にも立たない。就活強者といっていくつもの会社から内定をポコポコもらう傑物もこの世には確かに存在するのだ。このことを知ってしまうと、何かものすごい基準があるのではないかとついつい勘ぐってしまう。

いわゆる就職偏差値の高い企業からいくつも内定を獲得する人が「何か」を持っていることは間違いない。

それは、海外留学だとか起業経験といったわかりやすい経歴だけではなく、もっと根源的な「何か」だ。

だが、私たちにそれはわからない。なんでこの人が、というような素敵な人が苦労したり、ドギツい性格(と私が思っている)の人があっさり決まっていたりするものなのだ。

基本的に、私たちはみっともない苦労話を語りたがらない。だから、どんな人がどんな努力をして就職活動を進めていったのかを正確に知る術はない。

 

この狂騒は、終わった途端一気に遠い過去となり、記憶は薄れていく。

現に私は、ここ1か月ほどほとんどうつのような状態で過ごし続け、ギロチンなら楽に死ねると思い詰め、挙句の果てには道端で号泣して警察のお兄さんに声をかけられるという醜態を5日前にさらしたが、今はどこまでも心が晴れ渡り、いそいそとスイーツバイキングを予約したりしている。

 

どんな人間でもこの苦行を終わらせることはできる。しかし、この就職活動の先に見えるのは自分の人生だ。

新卒で入った会社はその後の仕事人生を占う試金石になると私は考えている。だから、ストレスもたまるし、追い詰められもするのだろう。

就職活動中にこんな言葉をよく聞いた。

落ちた理由を教えてくれたら改善のしようもあるのに何もわからないからひたすらストレスが溜まる。

 

落ちた理由とは何なのだろうか。私も知りたくてたまらなかったが、面接時間内でこいついいな、と思ってもらえなかったことがすべてなのだろう。会社に利益をもたらしてくれそうで、かつ一緒に働くビジョンが見える。そう思わせるために、私たちは自分を客観視し、どういった未来を選びとるか決める。

 

私は、5月末に内定をいただいたので、正確にはこの罰ゲームみたいな時間を終わらせることはいつでもできた。

だが、落ち目の業界だとしてもどうしても文字で何かを伝える仕事をしたかった。

こんな真っ黒なゴキブリクルートスーツなんか一刻も早く捨て去りたかったし、就活を続けていると言ったときの周りの気遣うような視線も惨めでたまらなかった。就活を始める前に漠然と抱いていた、自分なら何とかなるという根拠のないバカげたプライドが粉々になって、それでもどうしても出版社に行きたくて転職サイトに登録し、毎日家で号泣しながら、必死に会社を調べて問い合わせた。

もうだめだと思い、大学の休学制度を調べ、親を説得する方法を考えはじめたところで志望業界から一気に内定が出た。

傍から見れば、たかが就活でそんな馬鹿なと思われるだろう。だが、先を見通す力も大局的な視点も持たない私には就職活動が本当に大切なものであるように思えたのだ。

 

喉元過ぎれば熱さ忘れるで、あと数日もすれば私はこの半年を「良き思ひ出」に昇華してしまうだろう。見上げるほど高く見えた壁も、超えてしまえばそこからさらに高い壁が表れる。私たちはそれをどんどん乗り越えて上を目指していかなければならないのだから当然だ。

 

人生で一番の挫折は何ですか、と面接で聞かれることがあった。

私は今だ、と答えた。第一志望は一次面接で落ちて、「惜しい」ところにすら到達できなかった。第二志望は一生懸命話したことを鼻で笑われた。優しい社員さんがたくさんいる企業に内定をいただいたけれど、自分が就活で一番大事にしたかった軸はくるみんマークでもお給料でもなくて「伝える」仕事であるかどうかだということを実感したからやっぱり諦められないと答えた。結局その会社からは内定をいただいた。半分涙目になりながら必死に訴えたことが良かったのだろうか。わからない。

 

就職活動なんて二度としたくない。一緒に出版業界を目指した優秀な友達でも選考ではぽろぽろ落ちるし就職留年する人だっている。説明会でお会いした社員の方が真剣に出版業界を目指していた仲間たちでも受かった確率は半分ぐらいだとおっしゃっていたことが忘れられない。その差はどこから生まれるのか聞いたら、準備の量だと返ってきた。

後輩たちにはできる努力は全部やって必死に準備して、それでも駄目な可能性が高いから覚悟を決めろと心の底から伝えたい。なぜなら、「何か」を持ち合わせた優秀な人たちが素晴らしい努力をしていくつも内定をかっさらう世界だから。

 

それでもあがき続ければ光明は見えるかもしれない。ぎりぎり4年生の就職活動期間内に終わらせることのできた私の苦労なぞたかが知れているだろうが、めぼしい会社に全部落ちてから調べなおし、第一志望と定めた会社に来春から私は入社する。

諦めなかったら何とかなるから頑張れという恐ろしい言葉を私は到底吐くことはできない。だが、諦めたらそこで終わってしまうこともまた事実だ。

後輩たちが自分の本当の気持ちと向き合いながら悔いのないようシュウカツを乗り越えてくれることを願ってやまない。